2012年1月12日 (木)

寒中のばら

P1000913鉢植えのばら

ピンクパンサーです。

寒い中凛と咲いています。

春とはまたちがった

美しさです。

2011年11月30日 (水)

本「流転の王妃愛の書簡」福永嫮生著

P1000883愛新覚羅ご夫妻の

囚われの身の夫(ふけつ)さんと

妻の浩さんとの書簡を

次女の嫮生さんが

書き表している、二人の書簡は

みな燃やしてしまったと

思っていたのが親族の家に

のこってあったのが見つかり

本に表したとのことです。









夫から妻へ
  私の愛する愛する可愛いい妻浩様
  要するに、一日も早く、貴女と一緒になりたいが
  一人の平民(ふけつ)の
  妻として祖国に帰へられ、
  さうして私と共に平民的且つ幸福な新生活を

妻から夫へ
  
一日も早くお元気で北京にお帰りになる様、
  神かけて祈っております。
  そしたら、私もすぐ北京に参りますどんな生活でも、
  一家団欒して暮らした方が
  よろしいのに定まっておりますから

2011年11月10日 (木)

渋温泉の金具屋パート2

P1000849
ガラス戸にも

細い竹で模様が

入れてあります、

立体的でなかなかの

アイデアですhappy01




P1000851 このドアなかなか

洒落ているので

見ていると

「このドアに気が
    付きましたか」

「これは欄間です二枚
 あったのですが一枚は
壊れてこの一枚倉庫に
しまってあったのを
大工さんが見つけてドアに
してくれたのです、
ですからこの模様の
ところ透けているでしょ」
「欄間がドアになって
とてもいいアイデアを
もっていらっしゃる大工さん
ですね!」

こういうアイデアが建物のいたるところで見られました。

十一月のほていあおい

P1000877十一月というのに

「ほていあおい」が

又咲き始めました。

こんなことは始めてです。

地球はどうなって

いるのでしょう?

2011年11月 8日 (火)

渋温泉「金具屋」

1_2秋晴れの日

渋温泉の「金具屋」に

行ってきました、以前

テレビで館内の

紹介をしているのを見て

面白いつくりなので、

一度行ってみたいと

思っていたのです。

今年中学時代の同級生で

毎年旅行をしているのですが

幹事が回って来たので


渋の金具屋にいくことにしました。

ずーっと昔は松代藩出入りの鍛冶やさんだったのが、宝暦四年に

裏山が崩れ、渋はほぼ半分が土砂に埋まりその災害の復旧中に

敷地内より温泉が湧き出たので、それを機に宝暦八年(1758)

宿屋にしたそうです。

前身が鍛冶やだったため当時の松平藩主から「金具屋」と命名されたと

いうことです。

今年で創業247年になるそうです。


2
階段の踊り場です。

なかなか凝っていますよね。










階段いろいろ撮って来ました、なかなか凝っていますよ。



P1000837     P1000838

2011年11月 4日 (金)

江の電沿線「万福寺」

2江の電の沿線の面白そうな

ところで降りてぶらぶら

してきました。

万福寺に行く階段の

すぐ下がもう線路になって

います。














1 これも面白い風景です、

万福寺は義経にゆかりがある

お寺です、

頼朝に詫びの手紙

かの有名な「腰越状」は

このお寺で書かれたとか



ずーっと昔のお話ですが切ない話しですねweep

2011年10月28日 (金)

腰越のじゃこ丼

P1000780 神奈川の腰越漁港です。

 以前江ノ島で食べた「じゃこ丼」

 を腰越漁港にある本場の店で

 食べたく行ってきました。




2 折角ですので、丼でなく

セットで頂こうと

ランチメニューを頼みました

左上じゃこの天ぷら

その下生のじゃこご飯に

のせて頂きます、


左お味噌汁、その上さっと釜揚げにしたじゃこ、生のじゃこをご飯にのせて

頂くのがいちばん美味しいです、つぎが釜揚げのじゃこですねrestaurant


1  生のじゃこの鉢です、

 土しようががのっています。

 塩あじがすこーしありますので

 醤油はほんのすこしで良いです。

2011年10月24日 (月)

第四十七回「吉例 顔見世」

1中村歌昇改め三代目中村又五郎
襲名披露でした。

又息子の中村種太郎
 改め中村歌昇襲名披露。

私の好きな役者さんの一人
 又五郎さんも鬼籍にはいられ

長いこと歌舞伎を観ていると




いい役者さんが亡くなられ歌舞伎も淋しくなりました。

今回気になったのは市川左団次さんがすこーし痩せられたように思いました。
助六の意休をなさったのですが、昨年見たときよりお顔が
そっそりなさったような気がしました。

曽我満江(助六の母親)をなさった中村東蔵さん、
いいあじをだしていらっしゃいました。
二代目中村又五郎さんも良かったので目にやきついています。

中村かい春さんもだんだん良くなっているように思います。

2011年10月21日 (金)

本「爆弾可楽」杉本章子著

1 爆弾可楽
 笑寿亭で昼席の真を打っていた
(さん馬)あてに大店の箱入り娘が
 かよってきていた。その娘は
 合津藩御用の塗物問屋丸屋惣兵衛の
 ひとり娘だった。
 できちゃった婚で一緒になる、
 丸屋は会津藩の江戸詰用人高津新八を
 接待して会津塗を少しでも多く仕入れ
 たくお願いするがなかなかしぶい顔で
 座がいっこうにはづまない、
 婿になった鎌三郎がみかねて座興に
 落とし噺を披露する。
 高津おおいに気に入り

ここで鎌三郎こと可楽と高津の付き合いがはじまる。
姑との仲がうまくいかず去り状を出して出て行く、夫婦わかれをしたあとも
高津との付き合いはつづくが, 
会津藩と薩長の戦いで高津に頼まれる
「おぬしに頼みというのはなこの爆弾をあちこちの寄席に仕掛けて
もらいたいのだ」いったんはことわったが、たっての高津の頼みで仕掛けるも
いそいで又取り除くが、新政府の役人につかまり、酷い拷問をうけるが
誰に頼まれたのか口をわらず寄場に送られふた月のち枯木のようになって
綿くずのなかに沈んだ、
そうして九月十一日の日暮れがた、ひっそりと息を引きとった。

「ふらふら遊三」
長重は五明楼玉秀という芸名で高座をつとめていたところ戸田のご隠居にみつかる。
長重は落とし噺がなにより好きで寄席にかよっていたがとうとういちばん
お気に入りの玉すけの弟子になる。
寄席にでていたのを見つかってしまったので戸田に誘われていやいや彰義隊に
加わるがいよいよ戦になり逃げ出す。

それから遊三は次ぎから次ぎにと働き口を変えて行く
が とうとう本望の落語家になり円遊という大名跡にまでになる。

2011年10月10日 (月)

第四十七回「吉例 顔見世」

Photo中村歌昇改め
  三代目中村又五郎
息子さんの中村種太郎改め
  四代目中村歌昇
襲名披露がありました。

昼の部が始まる前十時から
中村福助さんのトークがあり
お話上手にはびっくりしました。
気さくに歌舞伎のいろいろ
あまり知られていない

歌舞伎のかた「曽我対面」の五郎と十郎がぐっと決めるかたを(なすびのかた)
(とんびのかた)と云うとか・・・・

「一條大蔵ものがたり」一條大蔵長成の吉右衛門さんは始めてなので
菊五郎さんとか他の役者さんと比較しながら見せて頂きました、
吉右衛門さんの一條大蔵もなかなか良かったですね。
ぼけている様に見せかけて、ときどきみせる鋭い目つきなど難しい役がら
らしいです。

南総里見八犬伝にでた海老蔵さん左の目がまだすこし怪我のあとが
のこっているようでした。
団十朗家は江戸時代から目千両と言われているお家柄ですから
しゃんと元どうりになると良いですねeye